肉人間とクソショボ商店街

 失敗作の肉人間の梱包が終わった。
「最近処分多くないか」
 気の滅入る重作業を終えて、職員がぼやく。
 先日も確か何番目かのPBを処分したところだ。
 あれは他所に回せず、全行程をこの「施設」で行う為に失敗作の処分の倍気の滅入る仕事だ。
 「施設」というのは機密に抵触しないように説明するなら、知りたい、と思うことをどうにかして知る為の場所だ。
 但しあんまりにも知らないことが多過ぎて全てが手探りだった。なんなら肉人間達の出生の秘密さえよく解っていなかったから勝手気ままにポコポコ増える。
「仕方ないだろう。出費がバカにならん」
 出費と言っても研究費の類ではない。食費である。肉人間たちは人間の食事という行為を下に見ている──というより人間の本質を他の活動ではなく食事と消化吸収排泄にこそあると見做している──フシがあるのに自分達もアホほど飯を食う。
 肉姉さんは時折家系ラーメンを食わせなければ機嫌を損ねて何をするか解らないし、肉諧謔は好き勝手に色々な調理をして様々なメシを作りまくるし、失敗作達もまぁよく食う。
 これを放置していると本当に研究費を圧迫しかねないし給与すら危うくなるのである。
 ランクが上の肉姉さんや肉諧謔の拘束や無力化は不可能で、ビスケット・オリバのように事実上「施設」に居てもらっている形だし、研究材料としてまだまだ有用だから、必然的に制御下に置けて拘束可能で研究材料として見所のない失敗作から間引かれることになる。
 梱包が終わった肉人間をフォークリフトで外に出すと、冷凍トラックが待ち構えている。古い冷凍冷蔵車に詰め込み、庫内の温度を氷点下に設定する。
 狂熱を司る肉人間は冷たくしておけばまず間違いないとされていた。
「じゃ、よろしく」
「あいよ」
 軽い挨拶の後、運ちゃんが車を出す。
 二人の運ちゃんは「施設」が工場なのか研究所なのか、もっとおぞましい何かなのかも知らされていない。
 ただ昼夜で交代して指定の場所へ荷物を届けるだけだ。知らない方が身のためだと心得ているから。
 しかし、建物の中に一切立ち入りを禁じられている為に、想像は逞しくしてしまう。
 やれ宇宙人の研究をしてるだの、やれ魔界と通じているだの、事実と遠くない所を突いていたが、あくまで仲間内での冗談に留まっていた。
「こないだまで北海道だったのに今度は四国たぁ忙しないもんだね」
「もう満杯とは言うけどねぇ。何が満杯なんだかねぇ。もうジャガバタ食うこともねぇのかな。四国は何がうまいのかねぇ」
「もう寝ときなや」
 非合法ではないし触らなければ危険もないと言い含められていたが正体不明の積荷は矢張り、不気味であった。
 トラックの外装の物々しさや、毒毒しい警告表示も不安をいや増す。
 これまで大丈夫だったからと自分に言い聞かせてはいるが。他の劇物を運んでいる時とは違う底冷えするような気分が常にあった。


 春の海風は強かったが、車体が大きく揺すられた以外は特段変わったこともなく瀬戸大橋を渡り終えた。
 ナビは正確で、事故も大きな渋滞もなく香川までは無事についた。
 北海道とはまた違った風情の長閑な風景が続く。
 高速道路を降りて暫く走った頃、助手席の運ちゃんの腹が鳴った。
「そろそろメシ行くかね」
「おお。店見えたらそこにしようや」
 それから程なくして、一軒のうどん屋が見えてきた。
「おお、流石香川だ」
「あそこにするべ」
 駐車場に車を停め、降車すると、でんぷんを茹でる匂い、だしの匂い、うどんの良い匂いが漂ってきた。
 うどんは旨かった。
 食べ終わって、車に戻るとなにやらウネウネしたものが居た。
 閉じていた筈のコンテナが内側からこじ開けられたように裂けていた。
 ウネウネしたキッチュな色合いのヒトガタの人ならざるものが肉人間の失敗作と呼ばれる積荷だった。
 梱包は完璧ではなかった。ここのところ連続して起こる処分作業で気落ちした職員は雑な仕事をしていた。
 そこへ海風による動揺が重なって密閉は解けていた。
 腹を空かせて居た肉人間はうどんの匂いに誘われて外へ出て来てしまった。
 実の所これまでの処分も上手くいってはいないのだが(これは別の機会に譲る)ここまでの不手際は初めてのことだった。
 自分達の運んでいたものに驚いた二人の運ちゃんは精神に変調を来たし、ダッシュでどっか行ってしまった。
 肉人間は、蠕動運動のようにさえ見える緩慢な歩行でうどん屋の方へ歩いていった。
 辿り着いたのはうどん屋の裏手の方で、一人の男が期限切れの食物を廃棄処理していた。飾らずに言えばうどんを捨てようとしていた。
 この男はもともと腕の良いうどん打ちであったが、妻子に逃げられてからは常にしこたま酒に酔って仕事に出ており、今ではすっかり雑用しかさせてもらえなくなっていた。
 その日もしこたま酔っていたので、臓物がまろび出たような格好の、目鼻口端さえ不揃いな肉人間を見ても、変な浮浪者が居るな、としか思わなかった。
「なんや? うどん食いたいんか」
 肉人間はおずおず頷く。
「食うたらええが」
『でもぼく無一文ですよ』
「かまん。捨てるやつやけん。腐ってもないのに」
 そういうと男は手近な椀にざっとうどんを盛った。
 捨てるやつ、という言葉に思うところはあったが、空腹の極みにあった肉人間はうどんを貪りはじめた。
 体の色々な部分を口に変化させてうどんを貪り食う肉人間を見るにあたって男は、お、これはただごとじゃないぞ、と気が付き、面食らい酔いを醒ましたものの、あまりに美味そうにくうものだったから、まぁ悪いやつではあるまい、と思うことにした。
 盛り付けられたうどんを完食しても肉人間の食欲は収まらず、気づけば廃棄分のうどんを腐りかけのものも含め全て食べ尽くしてしまった。
『ありがとう。お陰で落ち着きました』
「あ、うん……」
 肉人間はうどん屋の男の混乱を見てとって、身の上を話し始めた。
 アルコールに破壊されたうどん屋の脳では肉人間のただでさえ不完全な言語を十全に理解したかは怪しい所だった。が、しかし、男にとっては肉人間が捨てられそうになっているということが伝われば充分だった。
 妻子に捨てられたという事実に、目を醒ます度、酔を醒ます度傷付き続けている男にとって、肉人間は最早他人ではなくなった。
 男はすぐさま商店街の知人達に話を持ち掛けた。


 うどん屋はその商店街の外れに位置していた。
 その昔、ダム開発の立ち退きで同じ村から出てきた者で構成された商店街だった。
 かつては栄えていたものの今は見る影もない。
 住民を都会に取られ、残った客も大型スーパーな取られ、地元の年寄りとたまの観光客で保っている寂れた商店街だった。
 どの店も曲者揃いで、そんな状況故かねじ曲がったのか、そんなクセの強さがこんな状況を招いたのか、今となっては誰にも解らない。
 本屋の親父は大手チェーンの本屋を憎むあまり、仕入れ・競合店調査と称してチェーン店から盗んだ本を店で売っているし、魚屋のシャケ吉じいさんは、魚の目利きは確かだったが吝嗇のあまり壊れた冷蔵庫を直さないものだから、良い魚を仕入れてもすぐ駄目にしてしまった。肉屋の丸々太った温厚そうな男はその実元グリーンベレー出身かつデオンテイ・ワイルダーの熱烈なファンで、商店街からみかじめを取ろうとしたやくざ者を全て腕づくで返り討ちにしたことがあった。薬屋は自ら調合した無認可の漢方を何遍も保健所に怒られたり逮捕されたりしても店頭に出していた。マトモに仕入れていたのはエビオス錠だけだった。定食屋のおばちゃんは在りし日の商店街が忘れられず客足を取り戻そうとインスタ映えするメシの開発に余念がなかった。凝り過ぎる余り、客が写真を撮る素振りがないと目に見えて機嫌が悪くなった。

 同じ村の出身であるうどん屋の男からの連絡を受けると、すぐに主だった面子は集まった。バリバリ営業時間内だったが、どうせ店開けてても客なんぞ来ないから面白そうなことがあればすぐ出てくるのだ。
 男の連れて来た肉人間に、一同はギョ、としたものの、まぁ長生きしていればこういうこともあるか、と思うことにした。
 肉人間の方は混乱していた男がかわいそうだったから話しただけで後は自活する自信があったしタカる気もなかったので、なんだか大事になってしまったなぁ、と、どこか他人事のように構えていた。

 うどん屋の男の説明は実に感情的なもので、要領をえず、傍で聞いていた肉人間は自分が話した方が早いのではないか、と思ったが黙ってきいていた。
 どうにか商店街の衆には肉人間が古巣から捨てられそうな存在であることは伝わった。うどん屋の男が一番重要視して必死に語っていたことだから。
「居てもらえ居てもらえ」
 薬屋の親父が言った。
「儂ら、村に居た時分から親の代、そのまた親の代から間引きだけはせんかった。どんなけまずしかろうが神様が欲しがるなんぞ言い訳はせんかった」
「そうじゃあ。不具のもんも、きちがいも間引きはせんかった」
「でもトラブルの元よ」
「ええ退屈しのぎにならぁね」
「食いモンは心配せんでええしの。客もこんのに仕入れしよぉけん山のように余りよるわい。腐ったうどん食えるんなら何食うても良かろ。お上がフードロスいうてうるさいんやけん、丁度ええわ」
「でも身の回りの世話は……」
『あ、それは大丈夫です』
「悪さしないとも限らないし」
『あ、それも大丈夫です』
「……」

 
 シャッターの降りてる店の方が多いような商店街だったから住む場所もすぐ決まった。
 商店街の良心とも言える駄菓子屋の隣だった。閉まっている部分も元は駄菓子屋で、規模縮小で使っていないスペースに間借りすることになった。
 温厚な駄菓子屋の婆様はだいぶ目が見えなくなっており、肉人間と普通の人間の見分けがついていなかった。
 下宿希望の人が居ると持ちかけると、子も孫も都会に出ている寂しさから二つ返事で入居を許可した。
 家賃の代わりに婆様がこれまで閉めていた時間の店番を任されることになった。
 婆様は足腰はまだまだ元気だったが、肉人間は家のことも店のこともよく手伝った。
 取り決め通り、商店街の衆は廃棄になった食べ物を持ってきたし、連れ込んだ責任もありうどん屋の男も手土産がなくても毎日様子を見に来た。
 始めは警戒の色濃かった者も、肉人間の勤勉さや、実利──生ゴミの処理の手間が大幅に省けることから、徐々に態度を軟化させていった。
 肉人間はここでもアホほど食べた。
 暫くすると偶に立ち寄る観光客や、里帰りの若者の間で、奇妙な駄菓子屋の店番が評判になり始めた。
 良く出来た妖怪のコスプレだとみんなが思った。
 実際、妖怪じみた風貌の肉人間の佇まいは昔ながらの駄菓子屋と妙にマッチする所があった。
 疑り深く、騒ぎの元になりそうな客は肉人間の司る「混沌」の餌食になり、記憶を曖昧にしてリリースされた。
 それこそ、マスコミやYou Tuberは商店街に足を踏み入れた途端「混沌」に呑まれ仕事を忘れた。
 駄菓子屋を訪う人々は、ついでに商店街に金を落としていく。
 ついでにメシを食う人、ついでに食材を買っていく人、ついでに薬を、本を買っていく人。
 在りし日程ではない。在りし日程ではないにせよ、商店街に熱が戻ってきていた。肉人間の司る、「狂熱」が、じわり、と場に滲みそれが良い方に動いていた。
 本屋薬屋はマトモな仕入れを再開した。
 うどん屋の男は断酒をしてまた、うどんを打たせてもらうようになった。
 魚屋は冷蔵庫を新調した。
 定食屋は客が写真を気にしてメシが覚めるとやんわり注意するようになった。
 肉人間の容姿の珍しさだけではない、何らかのご利益があることはうっすらみんな、認識していた。


 肉人間が商店街に来て一年程経った時、空いたテナントを借りきって、宴会が催された。
「いつもいつも腐りメシ食わせてすまねぇな」
『みなさんとは、身体の造りが違うので』
「まぁまぁまぁ、今日は遠慮なくやってくれや」
 会場には見たこともないような豪勢な料理が広がっていた。持ち寄ったもの、注文したもの、様々だった。
 肉人間にとって、食物の鮮度や豪華さは大して重要な要素ではなかったが、それでも心遣いは嬉しかった。
 その日も肉人間は大いに食べ、呑んだ。
 料理がウマ過ぎたのかマズ過ぎたのかは解らない。なんらかの科学変化が起きたのかも。
 兎に角、そのごちそうを食べた結果、肉人間はそれまでしっかり握っていた「混乱」と「混沌」と「狂熱」の手綱をうっかり手放してしまった。
 そして解き放たれた「混乱」と「混沌」と「狂熱」によって住民達は帰れなくなり、商店街は廃墟と化し、現在は、生きているのか死んでいるのか解らないものが蠢いている。
 それが僕の故郷だ。
 
 「施設」から届いた手紙と、報道などを調べて想像した全容だ。
 間違いも多くあるだろうと思う。
 「施設」の手紙にはお詫びとして幾らかの金とパウチ加工された肉諧謔の料理が添えてあった。
 「施設」は詳細不明の爆発により全損状態で、訴えても良いが大した額はとれまい、という意味のことも書き添えてあった。全て手書きで。
 
 僕は事務屋なので、寂れた商店街とは言え遺族全て調べる手間と手書きで詫び状を用意する手間を考えるとそれに誠意を見出してしまう。
 「施設」には法の目を掻い潜って人間を消したり廃人にすることも容易に出来そうなのに経緯説明してくれるだけでも僥倖というものなのかも知れない。
 なによりまだ実感がなかった。あの壊れてはいるが必死で、根は善良な人々がもう居ない、ということが。
 この報告を信じれば、誰が悪かったということでもない。
 先日公開された資料を見ると、失敗作たる肉人間も大事に思っていた者がいることが解った。
 だからまぁ、グチグチ恨みごとを言うのはよそうと思う。
 

 僕は今、肉赤子ちゃんの活動をゲラゲラ笑いながら見守っている。
 肉人間と肉赤子ちゃんに意識や記憶のリンクがあったのかは解らない。単なる偶然かも知れない。
 ふと。動画に、配信に、Twitterに、脈絡なく、商店街の面々を思い出させる単語が出現する時、僕は彼等が、あの街が確かにあったことを噛み締めるのだ。